エコハウスで電力消費がどれだけ少なく出来るでしょうか。あるハウスメーカーの数字では80%以上の冷暖房費の削減が実現されています。その他の家電の消費は仕方ないとして、この数字はとてもすごいことだと思います。住宅メーカーの努力の素晴らしさもありますが、工夫をすれば地球環境に配慮できることを証明しているエコハウスはこれからの住宅の未来を拓くものだと思います。
なかなか自分の理想とするデザインとサイズの家具を見つけるのは大変です。私の場合はサイドボードでしたが、オーダー家具をいろいろ検索してみたことがありました。アンティークの家具をばらして相談しながら作るオーダー家具や、出来あいのものに好きなニスや色合いをほどこしたり、オーディオ類の線を通す穴を開けてもらうことが出来るオーダー家具など、さまざまなものがありました。
日本ハムのドラフト1位・斎藤佑樹投手(23)=早大=が28日、1軍に再合流。29日のロッテ戦予告先発が発表され、52日ぶりに1軍のマウンドに立つことが決まった。
プロ初勝利を挙げたロッテ打線を、全力で抑える意気込みを明かした。この日の試合をベンチ裏のモニターで見ていた斎藤佑は、11安打放ったマリンガン打線に警戒感を強めた。「振れているなあという感じ。主役(主軸)は代わっていないし警戒したい」と話した。
調整に抜かりはない。29日先発に備え、ドーム内ブルペンで40球の投げ込みを行った。「(感じは)まあまあです。徐々に気持ちは高まってきました」と佑ちゃん。久々に対面した梨田監督は「だいぶ、スリムになったね。オーラで(相手を)はじき飛ばしちゃうんじゃないかな」と好投へ期待を寄せた。
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「広島4-7阪神」(28日、富山)
阪神の渡辺長助チーフスコアラーが28日、チームとともに滞在していた富山市内のホテルで心筋梗塞のため死去した。この日、阪神ナインは左肩に喪章を着けて広島(7)戦に臨んだ。
◇ ◇
平野は泣いていた。一塁ベースに立つと、とめどなく涙があふれた。富山の夜空に浮かびあがる恩人の笑顔。「大丈夫か?」。久慈一塁コーチから励まされ、ようやく顔を上げた。何度も目頭を押さえ、左袖の喪章をギュッと握りしめた。
「長(ちょう)さん、絶対打つよ。絶対に打つから」。故人にそう話し掛け、打席に向かった。2点を先制後、四回に1点差に迫られた。直後の五回、再び点差を広げる値千金の一打が生まれた。殊勲は平野。恩人に導かれたように、無死満塁の場面で打席が巡った。
カウント1‐1から6球ファウルで粘り、9球目のフォークを執念で右前に運んだ。一塁へ走りながら抑え込んでいた感情がこみ上げた。「絶対打てると思った。長さんが打たせてくれた。長さんが勝たせてくれた」。試合後、平野の目から再び、涙がこぼれ落ちた。
渡辺長助チーフスコアラーの死を知らされたのは昼前だった。「うそだろ…」。耳を疑い、自室でへたり込んだ。涙が枯れるまで号泣した。球場に入ってからも、練習中は必死に涙をこらえた。
「お父さん」。親しみを込めて、そう呼んでいた。オリックスから移籍した07年オフ。渡辺スコアラーから度々、激励の声を掛けられた。
「僕がタイガースに来て、右も左も分からなかったときに、いつも優しく話し掛けてくれた。気付けば、一緒に食事をしていた。あんなに元気だったのに…。信じられない。つらすぎるよ」
六回、2死三塁の場面では二塁ゴロ。「くそっ」とバットを放り投げた。だが、まさかの相手失策で1点が転がり込んだ。長さん…。平野には、そう思えた。
「(ホテルの)部屋で泣きすぎて…。グラウンドに立てば、絶対に涙は見せられないけど…」。そう言って臨んだ負けられない戦い。初回、丸の中越えの打球をフェンスに激突しながら好捕した。「おい、きょうは何本打つんや!」。渡辺スコアラーの声が響く。優しかった長さんの笑顔を胸に、平野は恩返しの戦いを続ける。
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「巨人1-4ヤクルト」(28日、郡山)
“チリガミ王子”が球団史上初の快挙だ。ヤクルト・ドラフト2位右腕の七条が、プロ初登板初先発を7回1失点で初勝利。「いろいろな人に支えられた。みんなに感謝したい」。ウイニングボールを握りながら、愛きょうある笑顔を一段と輝かせた。
「スゴイ緊張していた。(巨人打線は)正直怖かった」。だが初回を力みながらも3者連続三振に斬ると、二回以降は持ち味の制球力で、打たせて取る投球を見せた。
苦労人の26歳。09年に所属する日産自動車九州が休部、パチンコ店に勤務しながら社会人・伯和ビクトリーズで野球を続けてきた。
四回には「たくさんのお客さんの前で投げられるだけで幸せ。この中でできなかったかもしれないと思ったら、涙が出てきた」。開幕前の右肩痛離脱の悔しさをバネに、球団史上初の巨人戦でのプロ初登板初先発初勝利という快挙につなげた。
2月に長男が誕生。「節約したお金を子供に使いたい」と、慣れない東京での運転にも高速道路は使わない庶民派。だが「自分もプロにあこがれてやってきた。次は自分が夢の野球選手になりたい」。そう話す横顔は頼もしさにあふれた。
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